「神」について探したり十分に調べても無い人が、いないとほぼ断言するのって以前は疑問に思っていました。日本の場合宗教が盛んとはいえない国なので、多くの人が「迷信」の類だと思ってると思います。 でも神秘体験をした人は数としては結構いて、中々の内容もあるのだけどそういうのも「幻覚」とかの個人的経験としてしまう訳です。 多数の人が似たような体験をしてるので、個人的経験では説明出来ないのですが、そういうのも脳の機能的な問題という事になる。 ただ脳の機能的な問題が「神」を否定する事にはならないですが。 というのは例えば偉大な科学的発見は脳の機能から生み出されていますが、「何でこんな事を思いつくのだろ」という説明はできない。 多少学問に通じていれば人間の独創力は異常な位だと分りますが、それは通常から見れば異質な脳の使い方をしているという事になるでしょう。 しかしこれって神秘体験と繋がると思いませんか? 異質な脳の使い方をしたから「神」を感じる事が出来る。それは科学的独創力と同じで、妄想は違うのではないか、、、、、と。 「分らない」「知らない」という不安定な所に身を置き続ける事は、多分多数の人々にとっては楽では無い事なのだと思います。それが不安や恐怖という事もありますが、固定してしまった方が考えなくて済むという方が多いと思います。 殆どの人は学生を除いて日常生活の中に勉強を入れてないですが、それは脳に負荷がかかるからです。概念を固定しないで不安定なのは、負荷のかかる面倒臭さと同じという事だと思います。 では僕自身が神の存在証明・不在証明について考える事は、「自分の意識は現実なのか?」に関わってくる事だと思っています。 というと難しいので、例えば哲学の世界で「世界内存在」という言葉がありますが、かなりメジャーな概念です。知っているならその単語だけでなく、概念も含めたコンセンサスがあります。 でも恐らく99.9%かもっと多くの人は一生触れない概念でもあります。じゃあ「世界内存在」という概念はあくまで哲学を学んだ人間固有の概念で、つまり「そう思ってる人の中だけの現実」で、知らない人の中には存在自体が無いと言えるでしょうか? そうでも無いです。説明すれば誰にでも絶対に解ります。世界内存在じゃ ちょっと難しければ、「イデア」とか自分の好きな概念です...